20211025

カイロスと祝福、または慈悲の光

投稿者:

 昨日は久しぶりに東京工業大学管弦楽団の定期演奏会を聴きに行きました。学生だった頃、常任指揮者である末永隆一先生のご縁でご一緒する機会があり、以来、いつも僕の心にあるオーケストラです。新型コロナウィルスの影響により活動が大幅に制限される中で迎えられたコンサートは、団員の皆さんの音楽に懸ける想いがひしひしと伝わってくるような清々しい演奏会でした。
 
 
 何事にも「時機」がある。生まれる時、死ぬ時。泣く時、笑う時。求める時、放つ時 ― (コヘレトの言葉 3章、「時の詩」)。ここで繰り返し語られる「時」とは、ギリシャ語で表されるクロノスではなく ― クロノスとは機械的に一定方向へと流れる計測可能な時間 ― 人間の主観的、或いは内的な体感時間と呼ばれるカイロス時間を指しています。量的に有限であるクロノスの中の永遠、そして無限。それがカイロスという質的な「時」の概念です。

 上京してからの僕の学生時代は、控えめに言っても苦しい試練の時でもありました。今でこそ、それは自己を確立するうえで欠かせない必然だったと思うことができますが、当時はとてもそんなふうには考えられず、とにかく毎日がつらくてほんとうに仕方がありませんでした。

 余談ですが、人はほんとうにつらい時には「つらい」と言えないものです。ほんとうにつらくてどうしようもなくなってしまうと、そのつらさを外部に示すエネルギーも失せてしまうからです。

 当時の僕の、(今にして思えば)爪の垢ほどもない評価に浮沈する周囲に心すり減らした日々の背後には、音楽を志す若者にとって身に余る時代の閉塞感があったように思います。いわゆる自己責任論が浸透し始めた時代です。内田樹氏が、2015年の著書 『困難な成熟』(夜間飛行)の中で、「責任を取ることなど誰もできない」と喝破していますが、今もまた、臆病風に吹かれて浮足立つ大人たちの不寛容がぶり返しているように感じるのは僕だけでしょうか。
 
 閑話休題
 
 定演のメインプログラムはチャイコフスキーの交響曲第5番でした。かつて僕は、この作品の中でもとりわけ有名な第2楽章のクライマックス(142小節目から第2主題が Andante mosso で再現される部分)に図らずも救われたことがあります。それは古い教室の壁の向こう側から、まるで出会い頭の衝突でもしたかのように前触れもなく鳴り始めました。言うまでもなく、オーケストラの練習に違いありませんでしたが、今はなき校舎の窓ガラスがはちきれんばかりに共振・共鳴している様子を目の当たりにし、いかに自分の悩みがちっぽけなものであるかを思い知らされたことをよく覚えています。

 昨夜の東工大オーケストラの奏でるチャイコフスキー。あたかも慈悲の光に大地が揺さぶられているかのような果てしなき壮大なその調べは、約20年の歳月を経て糧となったさまざまな記憶の数々を美しく、そして鮮やかに蘇らせてくれました。
 
 
 ところで、音楽との距離感や付き合い方がわからない。自身の立ち位置が見えない。そうした苦しみを抱えている人たちに今、伝えたいことがあります。それは、プロであれアマチュアであれ、聴こえる人であれ聴こえない人であれ、ほんとうに音楽を愛する人、音楽に焦がれ今より一歩でも近づこうと励む人を真の音楽家は決して見捨てたりはしないということです。偉大な作曲家であればなおさらです。

 転ぶのは歩いている証といいますが、思うような演奏ができずに落胆すること、言いようのない不安に駆られること、それはとりもなおさず真剣に音楽に打ち込んでいる裏返しです。そのような「時機」にこそ、きっとあなたも僕も音楽に祝福され、慈悲の光に照らされている。だから、歩けないときには立ち止まってやり過ごすも良し。離れて観るも良し。人生はいつでもやり直せます。

 
 さて、今年も残りわずかとなりました。毎度のことながら「あぁっ!」という間の一年でした。今はいろいろな出来事の詰まったこの一年を振り返るために、クロノス時間が必要です(苦笑)

 年末年始の帰省はコロナ禍を鑑み、残念ながら今年も諦めましたが、2週間後に控えたオンラインレクチャーの準備と2月の手話検定試験の勉強に勤しむ予定です。いずれにせよ、新しい年を笑顔で迎えられるよう心おだやかに過ごそうと思います。

 この一年、あたたかく応援していただいた皆さまには心より感謝と御礼を申し上げます。そしてすべての人が健やかな新年を迎えられることをお祈りしています。
 
 ありがとうございました。
 
 
写真の説明
今年のフォトジェニックな鳥ベスト3に堂々のランクインを果たしたアオサギ※

※筆者個人の見解です。

  

5件のコメント

  1. 川村さん、こんにちは。

    おぉ!立派な鳥のお写真ですね!
    アオサギと言うんですね。
    前にもお話しましたが、お写真撮るの本当に上手ですね。

    先日は演奏会お疲れさまでした。
    27日は東京工業大学の演奏会を聴きに行かれたのですね。
    ご自身が演奏したり、楽団の演奏を聴きに行かれたり・・・、素敵な関係性ですネ。
    東工大さんともまた共演出来ると良いですね^^

    手話検定試験というものがあるのですね。
    初めて知りました☆
    何か目標に向かって頑張れるってとても素晴らしい事ですね。
    合格目指して頑張って下さい!
    応援しています。

    コロナの影響で故郷に帰れないことは辛いことと察しますが、良いお年をお迎え下さい。
    年末年始は寒くなると聞いています。どうぞ暖かくしてお過ごし下さい。

    今年もありがとうございました。
    また来年もよろしくお願いいたします^^アヤ

  2. 川村さんの笑顔には人々を幸せにする力があります。
    非凡が故の、さまざまな経験を重ねてこられた人間の結晶。

    ますます磨き抜かれた演奏にお祝い申し上げると共に
    一層のご活躍とご多幸を心からお祈りします。

    素晴らしいチャイコフスキーをありがとう。

    良いお年をお迎えください。

  3. 今回の先生のブログ、私には今思い当たるところがあり、心に響きました。
    ありがとうございます。

    先生、どうぞ良いお年をお迎えください。

  4. ⭐️こんばんは⭐️

    なんだか一年が早いですね、
    コロナが今は少し落ち着いていますが…また増えないといいですね。

    昨年の大みそかは、
    眠くなってしまってPM9時30分に寝てしまって気づいたら新年を迎えていましたが、
    今年はもうちょっと起きてられるのかな~と思っています。
    もうちょっとで2022年ですね、どんな年になるのかな?

    よい年になりますように(^_^)!

  5. Ayaさん
    ちなみに写真は、撮る人の心を写すとも言われるそうですよ。コロナ禍でなるべく人との接触を減らさなければならないため、鳥の偏愛、もとい想いは募る一方です(笑)

    匿名さん
    コメントをありがとうございます。今後も前向きに励みます。

    まきさん
    ご無沙汰しております。ブログを読んでいただきありがとうございます。このような世情ですが、希望を失わず、お互いに穏やかに過ごせるといいですね。

    ちゃまさん
    いつもありがとうございます。昨年の大みそかはいかがでしたか?僕もここ数年は気がついたら年が明けているパターンが続いています(^^;

コメントは受け付けていません。