20220203

それでも、聴きたい

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 先週の手話講習会に続き、特定非営利活動法人 東京都中途失聴・難聴者協会主催による2021年度 実践読話講習会を修了することができました。

 ところで、「読話」と聞いてすぐにイメージの湧く方は意外と少ないのではないでしょうか。僕も以前はそうでした。「口話」・「(聴覚)口話法」と混同されることは珍しくありませんが、稀に読心術を連想される方もおられるようで(汗)読話は大きく分けると①話の内容やことばを予測する、②基本的な口形と特徴のある口形の動きから相手の話を読む、この二つに集約されます。

 前回のエントリーにも少し書きましたが、読話の学習は実は全国的にはそれほど普及しているとは言えません。読話に関する系統的な研究があまり進んでいないこと、読話学習のための講師養成や学習教材の整備が遅れていることが主な理由のようです。また、後述するように読話をマスターするために唇を読む訓練をしますが、「口形」を読めるようにすることだけが読話の目的ではありません。

 話のついでに、読話における「口形」とは音声日本語の口の形や動きのことを指しており、日本手話の重要な構成要素であるマウスジェスチャー(口型)はこれとは別物です ― 発音されることはありませんが、かの有名なパ・ピ・プ・ぺ・ポなど ― しかしながら、日本手話において手話単語の語の形が同じ場合(日本語の同音異義語に当たる「同形語」)、口型によって単語を区別することがあります。これは同じ「口型」でもマウジングと呼ばれ、読話の「口形」に似ています。

 
 読話はよくむずかしいと言われます。確かにむずかしいです。自主学習では鏡を見ながら(声を出さずに)自分の口を見て基本の口形を覚えていくのですが、そもそも口の形や動かし方は人によって千差万別です。また、手話も含め言語の習得全般に言えることですが、一言一句すべてを完璧に読み(聴き)取ることにこだわりすぎると学習進度が遅くなるように感じます。
 
 なぜそのように感じるかというと、ピアノや音楽も同じだからです。要するに、最終的なゴール(目的)をどこに設定するかによって勉強の仕方やトレーニングの手法が大きく異なるのです。

 例えばプロの演奏家を志望する学生がいたとします。言わずもがな、プロの演奏家になるのはとっても大変なことです。すべてを投げうっても叶うかどうかわかりません。僕は一音楽家として、かつて自身がそうされてきたように彼らを全力で応援したいと思いながら、一方で、しばしば懸念を示します。それはプロになることが目的にされては困るからです。

 プロの演奏家になるということはオリンピックに出場してメダルを取ることとは違います。仮にオリンピックでメダルを取ることが目的ならば、それを実現できれば達成感に浸ることができるでしょう。けれどもプロの演奏家として認められるだけでは音楽家としてなにかを成し遂げたことにはなりません。大切なのはその先にある目的です。プロだろうが、アマチュアだろうが、演奏行為はあくまで手段。その手段が目的と化した日々のトレーニングはモチベーションがガタ落ちになること請け合いで、僕は絶対に(あえて絶対と言います)お勧めしません。
 
 
 話が逸れましたが、僕が手話とは別に読話を身につけようと思った理由。その目的はただ一つ、聴覚器を通した今の聞こえをもっと好きになりたかったからです。

 読話講習会でご一緒した方々は、程度の差こそあれ皆さん聞こえの課題を抱えておられました。24時間365日、ずっと聞こえにくい生活を送っている方々です。それぞれの悩みや苦しみが、すべて自分事として理解され、共有されてゆく― こうした場で交わされるさりげない、そしてかけがえのないやりとりにこれまで幾度となく救われてきました。

 いくら補聴器が進化しているとはいえ、音声情報だけではどうしても限界があります。仕事ならいざしらず、それ以外の対人コミュニケーションに挫けそうになる。そんな時、相手の口元や目や目元の表情、何げない仕草などから互いに気持ちの交換が可能になる読話スキルがあると、聴覚器を通した音の聞こえがまるで違ってきます。

 今は不織布マスクが欠かせませんが、コロナ禍が収束した暁にはこの世界は一気に色づくに違いない‥僕は読話講習に通ううちにそう確信するようになりました。
 

 「どんな雑音も宝物です」、そう話されたのは尊敬するジャズベーシストの吉本信行さんです。僕は音を聴くこと自体にとてもエネルギーを使うため、これからどんなに努力をしてもそのような境地には達することはないでしょう。

 でも、それでも、聴きたい。あらゆる手段を使いこれまでとはちがった世界の音を学び、聴覚器を通した今の聞こえをもっと好きになりたい。そう願っています。

 これからも応援してくださる皆さまに感謝をしながら、ゆっくりと、前向きに励む所存です。

 
※東京都中途失聴・難聴者協会 読話テキスト『新しいコミュニケーションの世界へ』より

参考文献
・『50歳を過ぎたら要注意! 「聞こえづらい」をほっとかない ~認知症予防のカギは聴力にある!』
  平野幸生(産業能率大学出版部)
・『日本手話のしくみ』NPO法人バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター編
  岡典栄・赤堀仁美(大修館書店)
・『Getting Your Message Across』トータルコミュニケーションをめざして
  Kathlyn Gay / 井上久美 編著(SEIBIDO)

3件のコメント

  1. 読ませてもらいました。
    思いが伝わります。
    読話の力を、知りました。
    読話で味わえる文章の豊かさを
    知りました。
    口話で情報を得ることは出来ます。
    読話では情報+心。思い。が、
    得られる様な気がします。
    間違っていたら、
    教えてください。
    私も読話について勉強します。

  2. 「コロナが収束した暁には……確信しています。」

    そんな日が、
    きっと来る~きっと来る~
    (歌を思い出してしまいました、、汗)

  3. 先生、

    今日、電車に乗っていたら、
    たまたま隣の二人組の女性が手話で話していて…私、全然分からなくて。
    相手が何を話しているのか?分からないのって(川村先生の立場になってみたら)かなりショックで。
    先生、ふざけたコメントしてごめんなさい。
    聞こえがもっと好きになっていけますように♪。。

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