昨日、令和4年度の東京都読話講習会の修了式が行われました。残念ながら僕の不徳の致すところで修了することはできなかったのですが、式の後には講師や受講生、要約筆記者の方々をまじえた交流会があるとのことで参加をさせていただきました。
ところが交流会が始まる直前、おそらく講師の計らいにより、サプライズで『がんばったで賞』を授与されました(!)共に受講してきた仲間たちは大笑い、他の方々も「良かったねぇ~」と祝福してくださいました。まったく恥ずかしいやら照れくさいやら、けれどもこんなふうに気にかけていただけて本当に幸せでした。
ちなみにこの読話講習会には「身体障害者手帳の交付を受けた18歳以上の中途失聴者・難聴者が対象」という制限こそありますが、これほど充実した読話(読唇)の体系的学修ができる講習会を少なくとも僕はほかに知りません。
講義は30回にわたって行われ、読話のスキルを身につけるための実習以外にも一線で活躍されている著名な専門家等が招かれて日進月歩の福祉制度や聴覚補聴機器、さらには障害の社会モデルから障害者の社会参加の課題と現状について貴重なお話をされるなど、多角的な学びを得ることができました。
また、すべての回に要約筆記が置かれ、休憩時間には手話や筆談、音声文字化アプリなどを使ってクラスメイトとコミュニケーションが取れたことも僕にとっては大変ありがたかったです ― とりわけ聴覚疲労で困憊している日に補聴器を外しても誰にも咎められない安堵感は何物にも代えがたかった ― あらゆるツールを駆使したやり取りによって日頃なかなか話せない同障者の本音が可視化され、リアルタイムに共有されていくことは一受講生としてとても嬉しく感じました。
目に見えない生きにくさはたとえ声を上げたとしても目の前の他者にさえ伝わらない ― もっとも難聴のスペクトルの広さを考えると聞こえにくさを一括りにはできませんが ― 日常的にそのような思いに駆られてしまう自分を責めるかわりに、互いの立場やバックグラウンドを越えて励まし合いながらそれぞれの道でふたたび活躍できるあり方を模索していく尊さ‥
この講習会を通してこれまでの自分の考えの浅さだけでなく、世の中の広がりや多様性に対してどれだけ狭い視野で見ていたかを思い知らされましたし、普段何気なく受け取っているサービスや支援がたくさんの人たちの協力や努力によって成り立っていることを改めて実感しました。
共生社会におけるレ・クリエーション(再創造)の観点からこのような学びの場やコミュニティが今後ますます求められてゆくことは想像に難くありませんが、僕もいつかは自身が支援する側として社会に貢献できる人間になれるよう、来月より新たな道に進む気持ちを固めたところです。
昨日もご挨拶をさせていただきましたが、お世話になった講師や関係者の皆さま、クラスメイトの皆さんにはこの場を借りてあらためて御礼を申し上げます。9か月間、ありがとうございました。
来週からお会いできなくなるのは寂しいですが、奇しくも昨日からマスクの着脱が個人の判断に委ねられることになったので読話(読唇)は自主学習として今後も継続していきたいと思います。