大切なこと

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 10月も半ばを過ぎてすっかり秋めいてきました。ありがたいことに体調もようやく落ち着いてきたようです。

 最近は、久しくご無沙汰していた卒業生たちがまたピアノを弾きに来てくれるようになりました ― 勤めていた頃にくらべて開店休業もいいところというか、そもそも開店すらしていないのが現状ですが ― 彼らは家庭でもなく職場や学校でもないこの場所にふらっと訪れては演奏し、音楽談義に花を咲かせ、やがて何事もなかったかのようにそれぞれの持ち場に帰っていきます。

 プラハの滞在記でも述べたように、こうした自由でフラットな関係性、そして時間の過ごし方がどうやら僕には合っているようです。ゆくゆくはあらゆる立場や属性を越えて誰もが気軽にくつろげるアジール、もといサード・プレイスのような空間を築くことができたら‥そんな淡い夢を抱く今日このごろです。
 
 
 ところで、いまだにどういう機構なのかさっぱりわかりませんが、いつからか、スマホに数年前の「この日の思い出」が自動通知されるようになっていました。ちなみに今日は実家で過ごした2年前のアルバムが表示されました。いろいろあった夏をどうにか遣り過ごし、気持ちの整理もつかないまま違和感だらけの聞こえで帰省した時の思い出のアルバムです。

 めずらしく兄家族も集まってみんなで母のバースデーケーキを囲む食卓、カナダから一時帰国していた無二の親友と30年ぶりに海釣りに興じる様子 ― 大きなクロダイや外道のダツが釣れ、いい年したおっさん二人がはしゃぎまくっている ― 他にも地元で有名なおろし蕎麦を食べたり、かつては毎週のように通っていた懐かしのダム湖へドライブに行った写真など‥

 それで思い出したのですが、友を招いて釣れたての魚で食事をした夜。すっかり出来上がった父が僕の頭をつかみながら「こんな耳やけど仲良うしてやっての!」と言って皆が目を見合わせ苦笑したあの光景が今も脳裏にしっかり焼き付いています。僕はきっと、ほんとうにうつくしい時間を過ごしたのだと思います。いろいろあって、そして2年という時が経過してやっとわかりました。

 
― そんなふうに、自分にとって本当に大事なことが、自分の望んでいるようなかたちではあらわれないということに気がつくと、考え方やものの見方が変わってくるのではないでしょうか。自分の思い通りにならないということと、意味がないということとは違う。思い通りにならないことに、大事な意味がある。そんな風に思います。

※「悲しみとともにどう生きるか」 入江杏編著(集英社新書)より
 『光は、ときに悲しみを伴う』 若松英輔著 P. 79
 

 人生が失うことの連続であることは端的な事実ですが、『喪失体験』がもたらすものは必ずしもネガティブなことばかりとは限りません。失われたものが自身にとってかけがえのないものであればあるほど、人は真に大切なことがなんであるかを考えずにいられない。そこに僕は一筋の希望を感じます。
 
 
写真の説明
「ピアニストの私がもっとも大切にしていること」と題し、人生初の手話スピーチをしました。
透明マスクを装着していますが、今日は声を出さない手話です。すばらしい指導者や
アーティスト、そして仲間に恵まれ、おかげさまで無事に終えることができました。

 

4件のコメント

  1. アジール、もといサード・プレイス(最初は意味が分からなくて調べました…)は私にとってとても大切です。

    今現在は地元にいても東京に出てきてもそういった場所があるので、安心して行動することができているのだと改めて思いました。

    喪失だと、
    昔は(飼っていた)犬のチャマちゃんが死んでしまったら…私はどうなってしまうんだろう?と本気で考えていたのですが、
    妹がメイっ子を産んでくれて今はメイっ子が可愛くて大好きだから、大丈夫です。
    その次に産まれた男子(オイっ子)は2番目の末っ子、
    妹が猫っ可愛がりするもんだからワガママで…なんかちょっと。でも可愛いけど。
    1番目の子は我慢して育つといいますね。

    時と共に変化していくのは自然なことで、その時その時で(自分自身の中で納得できるような)なるようになっていくのだろう…と私は思っています。。

  2. こんばんは。

    先週の日曜日は暖かくて半袖を着ていたのに、今日は長袖のフリースを着ています。
    季節の移り変わりが早過ぎて、少し戸惑っています(苦笑)。

    手話スピーチとは!川村さんスゴイ!!
    川村さんが手話をされ始めたと知って、私も手話に興味を持ち始めました。
    先日何気なく付けたテレビで手話講座をしていて、思わず見入ってしまいました。
    その時は「自転車でここまでどのくらいですか?」という手話を30分程かけて習得する内容でした。
    初めは全く上手く出来ないのですが、繰り返しやっていくうちに出来るようになりました^^
    反復練習って大切ですね☆
    おかげで「自転車でここまでどのくらいですか?」だけは得意です(笑)。

    第3の居場所、良いですね!
    そんな居場所がいつか出来たら、川村さん私も仲間に入れてください♪アヤ

  3. 確かにいろいろあると、
    考え方も変わってきますよね♪

    私自身も自分の人生を受け入れるのにかなりの時間?がかかってしまいましたから、、

    今では少しでも人のためになれたらいいな~と考えるようになりました。←考え方が変わった、というか私も年とったのですね。
    でも私のレベルだと、
    若い人(子供達?)とかだったらまだ私の方が人生の先輩だから、困っていたら少しでも安心できるように助けてあげられるかなぁ?と思うし、
    老人ホームでも重宝されていたので…そんな感じかなぁ??

    なんか最近そんなふうに考えるようになりました。
    なんか…
    ディズニーの「アラジン」だったらジーニーみたいになりたい。。

  4. ちゃまさん
    「無常」という言葉の響きがどうも暗いイメージを醸成しているように思います。でも無常とは単なる変化なんですよね。ものごとが変化するのは当たり前のことです。ままならなさが道標になるとはそこに気づくことができるかどうかだと思っています。

    Ayaさん
    「自転車でここまでどのくらいですか?」は僕なら「自転車 / ここ(指差し) / 時間 / いくつ (NMM)」かな?利害やしがらみもないサードプレイスは現代社会のオアシスです。

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