20220228

内なる平和

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 2月の最終日。皇居のそばにある河津桜はほぼ満開でした。自衛隊東京大規模接種会場は想像以上に混雑していましたが、フィジカルディスタンスがしっかりと守られ、オペレーションスタッフの手際の良さもさることながら手話通訳までつけていただき、至れり尽くせりでした。

 余談ですが接種後は15分間、巨大な会議室のような広間で経過観察をします。水を打ったように静まり返った空間で ― 暗黙のルールと言わんばかりに、黙ってスマホをいじったりぼんやり天井を眺めながら時間を潰す人たちが着席している ― 僕たちは手と目の会話を楽しんでいました。わずかな時間ではありましたが、とても有意義なお話ができました。

 もっとも、公共職業安定所の手話協力員制度を引き合いに出すまでもなく、手話通訳者・通訳士が不足している現状は重々承知をしています。もしかしたら今日、別のブースで僕よりも手話通訳を必要としていた方がいらっしゃったかもしれません‥

 そのうえで、「自分は日本語の読み書きができるので筆談でも構わないのだが、表情の見えないやりとりには不安を覚えることも多い。今日あなたが居てくださって安心して接種を終えることができました」とお礼を伝えて気持ち良くお別れしました。公共機関で手話通訳をつけていただけたのは初めてだったこともあり、手話通訳のありがたみを深く実感しました。

 
 ところで、ベトナムの仏僧 ティク・ナット・ハン師が先月22日に亡くなられました。個人的な話で恐縮ですが、自身の生き方を確立するうえでもっとも影響を受けた禅僧です。誤解のないように書き添えておくと、僕は特定の信仰は持っていません。けれども、物心のつく頃から白黒、善悪、敵味方といったいわゆる二分法的思考に違和感を抱えて成人した身にとって、師の存在は精神的な拠りどころであり、説かれるその教えと実践は「革命」とも言えるものでした。
 
 この穏やかではない世情の中、平和を望まない人はいないと思います。けれどもその平和のために自らできることを深く真剣に考えている人がどれほどいるのか僕にはよくわかりません。ただ、真の平和を求めるならば、まずは自己自身の中にそれを見出すこと ― 国家や政派といった ≪観念≫ にとらわれず、一人ひとりが自身の内に平和を築くことこそが重要なのではないでしょうか。
 
 
 僕は師から「自分を見失うことの恐ろしさ」を学びました。自分を見失うとは、たとえば今ここに在る自己を忘れて幸せ探しに奔走したり、怒りや憎しみ、哀しみといったネガティブな情動から暴力的な言動を他者へと向けることです。

 無論、自己と言っても固定的な揺るぎない「私」があるわけではありません。実際は無数の ≪私≫ が自身の中にひしめき合うようにはたらきあって ― 別の言い方をするなら、あらゆる知覚、感情、感覚などが寄せ集まって動的に均衡を保っている ― それがその時その時で「私らしきもの」としてあらわれている。これが自己の内実です。
 
 
 瞑想などをして本来の自分に立ち返ってみれば、自身の中にさまざまな思考の矛盾やいくつもの対立した気もちが生じていることに気がつきます。人の記憶やアイデンティティ、イデオロギーといったものがいかに脆くて危ういものかもわかるでしょう。内なる平和を築くとは、撹乱を誘発するものから距離を置き、自己の内に生じる心の声たちを対話させ、精神を鎮めていく営みです。
 
 『個人の内的変革によって世界平和を築いてゆくことは至難の技でありますが、これこそ平和を
  実現する唯一の方法です ― 平和はまず個人のこころのなかで育てなければなりません』

 
 「微笑みを生きる 〈気づき〉の瞑想と実践」
  ティク・ナット・ハン / 池田久代訳(春秋社)より 序:H.H.ダライラマ
 
 
 繰り返しますが、まずは自己自身が平和であること。そのためにできる努力をする。
 それが真の平和への第一歩です。いつでも、どこでも、誰にでもできます。

 

2件のコメント

  1. 川村さん、こんにちは。
    陰ながら川村さんのご活躍を応援させていただき、ブログも読ませていただいております。

    私事ですが、2月末に突発性難聴を患いました。
    ただいま点滴治療のため入院中です。
    ささやかながらピアノの演奏活動をさせていただいており、今年こそは(これまでは活動しにくい状況でしたね)自分の先生のレッスンを受けに行ったり、40歳半ばですがコンクール を受けてみようか?
    そんな気持ちになっていた所での突発性難聴でした。
    片耳は全く聴こえておらず、めまいと耳鳴りがあります。

    発症してすぐに気づけたのはピアノのおかげです。
    すぐに受診することができました。
    いつもピアノに助けられています。

    今後聴こえはどうなるかわかりませんが、川村さんのご活躍を励みに、今の状況でできることを考えて、一歩一歩進んで行きたいと思っています。

    先日、大野先生のブログより川村さんのチャイコフスキー の演奏を抜粋でお聴き致しました。
    音楽への真摯なお気持ちと愛が伝わりました。
    素晴らしい演奏をありがとうございました。
    これからもお身体を大切になさって、皆さんに川村さんの音楽を届けて下さい。

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