20200712

心のステイホーム

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 ひところ流行った「自分探し」を否定するつもりはありませんが、強いて言えば、どこか遠くにあるであろう自分像を探しに行くよりも、それを探している自分 ≒ 今ここに在る ≪自分≫ を知り、気づきを保ち続けることのほうが大切だと思っています。

 それは詰まるところ「心のステイホーム」と言えなくもない。ここでの「心」とは、メンタルやマインドではなく、どちらかというと「ハート(heart)」に近い。思考や意識とは無関係に湧きおこるという意味においてです。余談ですが、パーリー語の「ヴィパッサナー」を英訳した「マインドフルネス」には未だに違和感を覚えてしまうのですが、その話はまたいずれ。「ホーム」はホームグラウンドのホーム。日本語だとどうでしょう。アウェイとは違って自然体で居られる、自己にとってなじみのある場所かな?まったく、形のないニュアンスを言葉に置き換えるという作業はどうしてこうもめんどくさいのでしょう笑 
 
 閑話休題

 あくまで素人解釈なので読み流していただきたいのですが、心のはたらきは時に「感情」と混同されるようです。が、心は感情ほど粗削りで原始的なものではありません。かといって、前述の思考や意識のように鍛えたり洗練されてゆくものとも異なる。「心変わり」、「心ここにあらず」とも言われるように、心はとても移ろいやすくどこかフワッとした、素朴で主体性に欠けるものなのかもしれませんね。
 
 でもだからこそ、どこに居ても、何が起きても、そこに生じる ≪自分≫ をむやみに拡散させないことこそが、このささくれ立った社会を生きぬく一つのテクニックとなり得るのではないかと思うのです。

 心のホームを自覚しそこにステイし続けることは、決して他者を遠ざけたり殻に閉じこもることではありません。それどころか、心のステイホームは互いの存在価値を認め合い、至らなさを赦し合う基盤になる。少なくとも今の僕はそう考えています。

 
 ところで話は変わりますが、今日は来週から月末にかけての仕事に備えて休みを取っています。先日リリースしたCDに対し方々よりお褒めの言葉を続々といただいているので(手前味噌でスミマセン)、どの辺が良いのかちょっと真剣に聴いてみようかなと思っています。

 ほんとうは障子を張り替えるのにうってつけのお天気で朝からウズウズしているのですが‥かえって疲れを増やしては意味がないのでおとなしく過ごすつもりです。

 

1件のコメント

  1. 心のステイホーム。。

    以前、父親が主治医していた老人ホーム(この場合のホームはハウス)によくついていってたのですが、
    ボケるとより「感情」的な感じ?になったり、
    ボケてない人の方が「心」がこまやか?だったような…まあ性格的なものもあるでしょうけど「性格」っていうのもまた面白いですよね…でも、いくつになっても心って同じなんだな~と感じたりもしました。

    あと「心のよりどころ」っていう言葉もいいですよね。

    今、世の中はまた感染者数が増えてきていますね、
    自分が出来ることはしていきたいと思います。
    予防接種が早くできますように!!

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